謎の職人「喜多 豊」のプロフィールをご紹介。
MJこと清水草一氏によるキダスペストーリー。
装着されているオーナー方々の生の声をお伝えします。
プロフィール
喜多さんすでに50代後半を迎えるマフラー職人「喜多 豊」氏は、マフラーを作りに関して40年以上のキャリアを持つ。

当時レーシング分野での草分け、かつ超一流であった深川内燃機社に15歳で就職。同期には日本を代表するマフラーメーカーである「フジツボ」の藤壺氏もいたほどの名門中の名門だ。そこで、17年修行を積み、レーシングサービスキダ(RSK)を設立する。

当時のカリスマ暴走族、そしてスーパーカーオーナーからの絶大なる支援を背景に、会社の規模も大きくなるが、時はバブル期、喜多氏本来の「遊びぐせ」が爆発。会社は跡形もなく、なくなってしまった。

現在では、埼玉県の三郷市のファクトリーに間借りするという形で、自分が納得して出せるマフラーをこつこつと作り続けている。生粋の職人である喜多氏は、午後3時以降の仕事はせず、1週間に1-2本のマフラーを作るのが精一杯だ。

フェラーリショップ榎本店長(エノテン)によると、お客様であるお医者様と一緒にファクトリーまで行ったところ、そのお医者様が一目見て「あぁ結構顔色が悪いですね、肝臓がいけないなぁ。」とおっしゃったそうだ。同氏によるとお酒好きの典型である肝臓がやられている他、最近では、アルゴン溶接を日々熱心にやっているせいで、眼も焼けつつあるらしい。(多少誇張あり!?)

商業主義に流されてしまうファクトリーが多い中、自分の作品として、日々身を削って作り続ける喜多氏の入魂マフラー「キダスペシャル」に注目したい。
(c) all rights reserved by Kidaspecial